takau-0celtis’s diary

23歳フリーターの日記

不健全な男子たち

日記の内容が、今日の内容ではなく昨日の内容になっていることに、なんとなく後回しにしてる気がするなと思い始めた。

というのも、私にはタスクを後回しにするクセがある。

学生のころは専ら、夏休みの宿題なんかは夏休みが終わるギリギリまでやらないだとか、

テスト勉強は一夜漬けが当たり前、大学受験は新年迎えて始めた、

大学の科目を「また来期取ろう」と先に延ばし、いつしかその負債は手に負えないほど膨れ上がっており留年、

など…。思い返せばこのクセは、ものごころがついた時からあるみたいだ。

そしてこのクセは、ニートになっても健在だ。いやむしろ、ニートになってから更に酷くなったような気もする。

なんつーか、"明日やろうはバカやろう"という言葉を座右の銘にしているかのような人間生活を歩んできているな…と思った。

 

 

 

友人宅で泊まったのは以前の記事の通り。そしてその翌日も1日中友人宅で過ごした。

この友人をおぐまとしようか。

おぐまの家には中学2年の時から今の今まで、頻繁に出入りしている。少なくとも毎月1回は遊びに行っているのではないだろうか。

親しくなって10年以上付き合いが続いていることになる。仲が良いというのはもちろんだが、おぐまの家は居心地が最高に良い。

飲み物とお菓子がいつも置いてあり、ゲームは大抵の機器と人気ソフトが揃い、人気マンガが揃い、冬にはこたつがあるのだ(これが一番やばい)。

こたつに入れば必ず誰かが寝る、こたつから出たくなくてウンコを我慢した誰かがオナラ連発、同様にこたつから出たくなくて全員塾に遅刻するとか…。おぐまの家のこたつの魔力は凄まじいもので、この魔力に囚われた者は跡を絶たない。

今しがた"全員"と述べたように、おぐまの家は同級生の間では人気で、何人も出入りしていた。成人した今となってはその数もかなり減ったが、それでも私のように定期的に足を運ぶ者は何人かいる。

大晦日には皆でおぐまの家に集まって年を越すというのも恒例行事だ。

 

他の皆は帰ってしまったので、私とおぐまの2人だけが残ったのだが、さてそのおぐまの家に1日中入り浸って一体何をしていたのか。

特に何もしていない。

いや、実際に何もしていないわけではない。ゲームとかはした。マンガも読んだしドラマとかも見た。だが、一緒に何かをしたわけでもない。

強いて言うならば、「過ごした」という言葉がしっくりくる。色んなことをしたけど、何をしたかと聞かれれば、過ごしたのだ。こいつの家で。

概ね健全な男子が集まれば、皆で同じことをするのがセオリーだろう。そもそも何かしらのしたいこと(目的)があって、それを達成できる人間と集まっているとも言える。例えば「飲みにいこう」なんてのがその典型だ。飲みたいから、飲みたいやつと飲もう、というプロセスである。

しかしおぐまの家ではそのプロセスが適用されない。目的が抜けているのだ。特に目的はないが、暇だから行くかーとおぐまの家へ赴く。一緒に何かするでもなく、基本的に別行動。酷い時は、一人がソシャゲしてて、一人がマンガ読んでて、一人がベース引いてて、一人が寝てる、なんてカオスなことがある。

まぁたまに皆でゲームとか、一緒に映画をみることもあるが、まぁ基本は別行動だ。これが、おぐまの家で何をしたかという問いに答えられない所以だ。何をしたのかは明確ではないが、その家で過ごしたことは明白なので、とりあえず過ごしたと答えるのだ。

ゆえに、健全な男子がこの家に遊びに来ると、とてつもないアウェー感を感じることとなる。皆が他のことするからつまんない、なんて言われたこともあった。お前は一体何のためにそいつの家へ行っているのだと。

それが、自分にもよくわからないのだ。もう10年以上続いているので惰性ではないはずだが。まぁ確実に言えることは、楽しいからだろう。そして何より安心感がある。

 これからも通い続けるのは言わずもがな。これからもよろしくってことだ。

 

 

少々長くなってしまった。

結局、昨日やったことは昔と変わらない。

あ、でもAbemaTVの亀田のやつは一緒に見た。

一緒に見たと言っても、お互い別の作業をしつつ、だが…