takau-0celtis’s diary

23歳フリーターの日記

ニート、考える

喉の違和感は消えた。風邪はもう治ったようだ。通り雨のような風邪だった。

 

23時就寝、7時半起床。まずまずだ。ちなみに目覚まし時計は使っていない。夜自然に寝て、朝自然に起きることを体に馴染ませたいからだ。

だが睡眠時間が不安定なのが少し気がかりだ。6〜9時間に収まってはいるが、一定にしたい気持ちはある。

よし決めた。明日からは目覚ましを使おう。6時にセットして23時就寝6時起床というスタイルで生活する。

そういえば今日は夢を見たが内容を忘れた。断片的には覚えているのだが、どのような夢なのかが判断できない。記憶に残る夢と残らない夢があるが、違いはなんなのだろうか…

 

 

昨日もずっと自宅でゴロゴロしていた。家から出ないと何もしないので日記の内容がかなり陳腐なものになってしまう。日記は自己で完結するものだからよいとして、ブログは他者に見られるものだから、「今日は家でゴロゴロしてました〜そして寝ました」なんてクソみたいなニートの日記は誰も見たくはないのではないかと思い始めた。といっても私が今まで書いてきた日記はどれもクソみたいな内容で、誰も得をしないものではあるが。

他者の目に触れる可能性があることを考慮して、日記に何かエンタメ性を持たせた方がよいのだろうか。しかし他者の目を気にするとなると筆が進まないというか、「この内容で誰かは得するだろうか」とか「誰も満足しないんじゃないか」と気にすることがたくさん出てきて、記事を書くスピードがかなり下がるのだ。それがいずれ苦痛に繋がることもあるかもしれない。

すると、そもそも私はなぜブログを始めたのか?という話になってくる。当初はついでだった。ノートに殴り書きした日記をテキストファイルに清書し文章にする。それをついでにブログに投稿しただけだ。特にこれといった動機があるわけでもなく、続ける理由も特にない。それは一種の気まぐれだった。

私の中ではブログも自己で完結するものであった。しかしブログは他者の目線に触れるものである。その性質上、他者を満足させるようなことを記述しなければならないのだろうか。うーん。

そもそものところ私がブログを始めたきっかけ、続ける理由、ブログを書くことによる恩恵が明確ではない。今のところ何も考えず直感に従ってやっているだけだ。でもブログを書いてて楽しい気持ちは存在する。

もしかしたら、それらを考えることに意味はないのかもしれない。私からすればブログはゲームや読書と同じだ。私はゲームや読書をする時、何か意味を求めたり、価値を求めてはいない。強いていえば楽しさを求めているだけだ。ブログもそれと似たような感覚である。だがブログはオープンなものなので些か話がずれてくる。

何かをすることに意味や価値を求めてたら、いずれ何も手付かずになってしまうのではないだろうか。だが人間は往々にして物事に意味や価値を求めてしまうような特性があるので仕方がないのかもしれない。

んー。

頭がゴチャゴチャしてきた。何を言いたいのか自分でもわからない。

このことはもう少し考えよう。

 

 

それはそうと今日はバイトの面接だ。正直なところかなり面倒臭い。バックれてしまいたいほどに。

まだ履歴書を書いていない。面接は16時からなのでまだ時間にはかなり余裕があるが、後回しにするとすぐ時間は過ぎてしまう。ブログを書き終わったら早々に手をつけなければ。