takau-0celtis’s diary

大学1年留年→卒業後ニート→2年フリーター→25歳ニート就活→25歳ニートIT企業に就職

そういえば就職をした

しばらく更新をサボっていた。申し訳ない。

誰に対して申し訳ないと思っているんだって話ではあるが、多分自分自身に対してである。

続いて誰に対しての報告かもわからないが、就職をした。絶賛研修中で、もう一ヶ月が経過したが、とても楽しいし就職して良かったと心から思っている。

 

 

最後の更新は5月25日の土曜日。この頃は多分、ア○ゾンの倉庫でひたすらバイトに明け暮れていた気がする。

バイトの日は5時に起きて始発のバスに乗り、8時からピッキング開始だっけなたしか。忘れた。

そして19時に終わり家に帰ってはゲーム。

バイトの日以外は家に篭ってひたすらゲーム。こんな毎日が続いた。

それが6月の中旬辺りから転機が訪れる。

 

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右手首が腱鞘炎に…

なんと、右手首に腱鞘炎を患ってしまった。

本当に痛くて、初期の頃はスマホを持つことすらままならなかったのだ。

もはや私生活に支障が出るレベルだった。もちろんア○ゾン倉庫のバイトなんて無理に決まっていた。

致し方なく休暇を頂くことになった。そのため、私の財布は悲鳴を上げることになった。

だがそれでは生活すらままならないということで、ある程度回復したら出勤したのだ。しかし案の定、悪化した。

良くなったら出勤→悪化→出勤→悪化、、、という負のスパイラルを回し続けた結果、派遣会社の人から安静にということで出勤を止められた。

正確には、ア○ゾンの社員から出された。ア○ゾン倉庫の仕事はこういうところはクリーンで、怪我人は出勤させないとかさっさと帰らせるなど、仕事を強要させない点は素晴らしいと思った。

だが、一文無しでは私の生活が…

 

そこで、思い切ってア○ゾン倉庫のバイトを辞めた。腱鞘炎が治らない限りはどうしようもなかった。

なので派遣会社の人に、手首をあまり使わない仕事を紹介してもらった。

事務のアルバイト。しかも時給1200円で交通費全額支給。良案件だった。

ア○ゾンは交通費が出ないバイトだったため、これはありがたいと思った。そして早速面接に臨んだのだが…

 

交通費の支給は無いと前押しされた。おい話とちげぇじゃねぇか。

タウンワークにはガッツリ「交通費全額支給!」と書いてあったにも関わらず、それを指摘したら「他の案件とゴッチャになっているからなんたら〜」と誤魔化していた。これは確信犯だな、と思った。汚い手を使う。

面接の帰り道、どうしようかとショボくれていた。

期待のバイトは交通費支給なし。地元でバイトするのは気が引ける。当てがなくなってしまった。

そこで当時の私はふと思ったのだ。「今から新しいバイトを探すくらいなら、いっそのこと就活してやろう」と。断腸の思いの決断だった。

 

それから思い切ってタウンワークにてある会社に応募した。電車で移動中に。IT企業だ。

職種は恐らくSES。まぁ、IT企業ならどこでもいいやという安易な選択だった。スケジュールはすぐに固まり、面接の日程はその日中に決まった。

 

そして面接当日。面接と言いつつ質疑応答のようなものはほとんどなく、その日は適性検査を受けさせられた。論理とか計算、図形などの論理的思考力を求められるようなテストだった。

こういった形式のテストは久方ぶりで、だいぶ点を落とした。

結果は57/100。ボーダーは6割ということで、少し落ち込んだし、この会社も落ちるんだろうなと思った。

だが面接担当の人が「まぁ3点は誤差みたいなものですよね。もし良ければ次の選考に進むこともできますが、どうしますか?」という旨の、実質1次審査突破のお告げをもらった。

次の審査は実際に研修している人達と混じってJavaとかSQLの問題を解いたりするものだった。私が過去にやったことがある類のものだった。

もうやるしかないな、と思った。ここで変わろうとしなければ、一生ずるずるとニート・フリーターを続けるんだなと直感的に思ったのだ。

当たって砕けろの精神で私は次の選考へ進んだ。

 

続く。